機械の判断で事故の被害者に。自動運転車の普及に不可欠な人々のマインドシフト

個人的には、自動運転車には大きな期待を寄せています。

70代の父は現役で車を運転していますが、父の運転する車に同乗すると、運転の粗さにひやひやすることは少なくありません。また息子たちも数年後に運転免許が取れる年齢になることから、できれば早く自動運転車が開発され、不幸な事故が起きる可能性が低くなることを望んでいます。

車の性能の向上は目覚ましく、1980年代には年間の交通事故死者数が1万人を超えていましたが、2017年には3700人弱と年々減少しています。それでも年間で子どもを含め数千人が死んでいると考えると、早急に対応が必要な問題だと思います。

自動運転車による初の死亡事故

そんな注目される自動運転車なので、米国アリゾナ州で世界初の死亡事故が起きたというニュースは大きく報道されました。

2018年3月21日、米配車大手ウーバーの車が自動運転モードによる時速65キロメートルで走行中に、歩行中の女性をはね死亡させました。

まず驚いたのは、米国では既に一般道で自動運転車が走っていることです。州ごとに条例が違うので米国全土ではないのでしょうが、アリゾナ州では自動運転ビジネスの誘致に積極的で、ウーバーによる自動運転車のテスト走行を認めていたようです。

さらに驚いたのは、地元警察は車載カメラがとらえた事故の映像を公開し、事故は不可避だったことを強調したことです。アリゾナ州の自動運転車に対する期待の大きさを物語っています。

しかし映像では車が減速する様子は記録されておらず、自動運転車が歩行者を認識していなかったようにみえます。また運転者は衝突直前まで下を見ており、前方に注意を向けていたら事故を回避できていたとも思えます。

自動運転車の事故は原因の特定が困難に

自動運転車で事故が起きた場合、運転者のミスなのか技術的な問題なのか、または相手側の過失なのかの特定が難しくなります。

今回の事故でも、障害物検知センサー「LiDAR」が正常に機能していたら、減速や回避行動がとられるはずですが、車載カメラの映像では車が反応している様子は伺い知れません。いずれにせよ地元警察の判断とは別に、米運輸省の連邦機関などが調査をすることになっているので、どのような判断が下されるのかが注目されています。

恐らく19世紀後半、ガソリン自動車が普及される過程でも議論になったと思うのですが、「利便性人命どちらを優先するのか」が難しい問題になると思います。

これまでの交通事故の原因は人の不注意によるものが大きく、テクノロジーの進化と共に人の判断をセンサーなどのテクノロジーがサポートできるようになり、重大な事故が減少しています。衝突を回避するためのブレーキアシストや、安全な車間距離を保つ機能などは既に実用化されていますが、あくまで判断の主体は人に委ねられています。

自動運転者では判断の多くが機械に委ねられようとしているのですが、やはり大きな問題は事故の際「誰の責任」になるのかです。

これまでの事故は主に運転者の判断ミスによるものだったので、被害者側も攻める相手がはっきりとしていました。しかし、今回のウーバーのようなケースでは、人や車、または被害者にどれだけの過失があったのかが不明瞭になり、被害者にとってもすっきりしないものになります。

たとえ自動運転車の普及が進み、年間の死者数が激減したとしても、ひとつの事故の検証にかかるコストは激増するはずです。自動運転技術が事故の原因で、これまでの人による運転だったら避けられた可能性が高かった場合、やはり被害者の気持ちとしては収まりきらないと思います。

トヨタは今回の事件を受け、テスト走行の中止を決定しました。既に、テクノロジーの面では自動運転車は人による運転より安全なレベルにあるのかもしれません。しかし、普及するかどうかは、人の心がリスクをどこまで許容するかに大きくかかっていように感じます。

まとめ

  • 自動運転車は既にテスト段階で、公道を走っている
  • 米国で初の自動運転車による死亡事故発生
  • 日本では年間の交通事故による死者数が3700人弱と年々減少
  • 事故を回避するためのドライバーアシスト機能は既に実用化している
  • 自動運転車の事故は原因の特定が困難で、事故の後のコストが増加する
  • 既にかなり安全な自動運転技術は開発されているが、リスクを受け入れる側のマインドが障壁になる