自然災害は身近なリスクと改めて実感。それでも命を失うリスクがより高い交通事故

昨日2018年7月7日は、ここ広島県をはじめ広い地域で大雨に見舞われ、洪水や土砂災害など甚大な被害が発生しています。ぼくの住む市でも避難指示が現在でも解除されておらず、大雨で緩んだ地盤でさらなる被害拡大が懸念されています。

身近な危険その1:自然災害

7月6日の夜に避難勧告が出され、その後市全域に避難指示が発せられました。山の中腹にある自宅は崖崩れや土砂災害の可能性があるため一時は非難を考えましたが、避難場所へ移動する労力や不便さを考え二の足を踏んだのが実情です。

それでも後から話を聞くと、避難所の公民館は大勢の避難者が集まったそうです。ぼくの住む部落の多くの家は山の斜面にありますが、周りでは自宅にとどまっていた人が多かったようです。川沿いにある一部の家は、夜間に川が溢れ浸水が始まったため近くの寺に避難したそうです。溢れだしてから浸水するまでは本当に短時間で、直前に積んだ土嚢も役に立たないほどの勢いだったといいます。

その夜は大雨が降り続きましたが、自宅では危険を感じることはありませんでした。しかし翌日、外出するとその惨状に驚きました。浸水した道路や家屋には泥が入り込み、大勢の人手で清掃作業をしていました。そして通学路でもあり、いつも利用している道路が崩落していたのです。

同じ広島県で、子どもが乗る車が流されたという痛ましい報道も流れています。「命を守る行動を」とメディアでは繰り返していますが、家にとどまるのか避難するかの選択が、どちらが命を守るかという判断は非常に難しいことを実感しました。

身近な危険その2:交通事故

災害が起きた際の報道は、被害のレポートで一色になりインパクトが大きいのですが、死者数で言えば交通事故による被害者の方がはるかに上回ります。以下は内閣府が発表した、自然災害による死者数・行方不明者数の推移です。

災害による死者数・行方不明者数 出典:内閣府

阪神・淡路島大震災東日本大震災など、数千人以上の被害者が出る大災害を除き、その数は200人以下で推移しています。そう考えると、交通戦争と言われた年間死者数が1万人を超える時代より大幅に減少したとはいえ、年間3千人半ば台の被害者を出す交通事故は大きな社会問題であることが理解できるはずです。

自然災害と交通事故はまったく性質が異なり、ほとんどの交通事故は、ドライバーが安全運転さえしていれば防げるはずの人災なのです。昨日は災害の被害を尻目に、子どもを病院に連れて行きました。ちなみに皮膚科は災害のためか臨時休業で、歯科医のみ訪問しました。その際危険運転と遭遇したのです。

片側2車線の国道で、ぼくは左側を走行していました。前方の歩行者信号が点滅しており、さらに反対車線には右折待ちの車、雨のため路面が濡れていたこともあり、無理なく止まれるよう割と手前でアクセルを離し、車道の信号が黄色から赤に変わるタイミングで停車しました。その時右車線を走るバンが、赤信号になるタイミングで突っ込んできたのです。反対車線の右折中だった車は止まり、バンは高速のままその車をハンドル操作で避けていきましたが、一歩間違えれば大事故になっていました。

遭遇した悪質ドライバー(白バン)

残念ながら、このような危険運転をするドライバーは必ずいます。危険運転が人を死にいたらしめるという意識が欠如しているのでしょうか、他人のリスクを高めても「信号で止まりたくない」という願望を優先してしまっている、愚かな人と判断せざるを得ません。もはや、殺人者予備軍と呼んでも過言ではないでしょう。

自然災害に遭うのはある程度仕方がないことなのですが、実はぼくたちこのような悪質なドライバーと遭遇することで命を失うリスクがより高いということを認識すべきなのです。近々実用化が実現しそうな自動運転車が、不幸な交通事故を激減させてくれることを期待しています。

まとめ

  • 自然災害は他人事ではなく、いつ身の回りで起こるかわからない
  • 避難指示が出ても、自宅で待機している方が安全な場合もあるので判断が難しい
  • 自然災害より、交通事故で死亡する可能性の方がかなり高い
  • 実用化が近い自動運転車が、交通事故を激減することに期待する