予算不足を理由にリスクを高めてきた日本。イージス・アショア導入の議論は自由

新型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の取得費用が増える報道を受け、ネットでは予想通りのお祭り騒ぎが繰り広げられています。

イージス・アショア 1基当たりの取得経費1340億円に増加へ

新型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」をめぐり、小野寺防衛大臣は、当初1基あたり800億円程度を目安としていた取得経費について、最新鋭のレーダーを搭載することなどから、500億円多いおよそ1340億円に増える見通しを明らかにしました。

ご親切にもNHKは、以下の一文を入れることでお得意の世論誘導にまで踏み込んでいます。

取得経費は2基でおよそ2680億円と大幅に増えることになり、批判が高まることも予想されます。

国民が知るべきはイージス・アショア導入の意義

どうして日本の報道は、こんな報じ方になってしまうのでしょう。確かに防衛装備の価格は大切なことですが、もっと必要なことは防衛装備を導入する意義を視聴者に知らせることのはずです。どうして(一部の)日本国民は、防衛装備の価格に対し過剰に反応するのでしょう?もっと必要なことは、自分たちのリスクをどれだけ抑えられるかを考えることのはずです。

ツイッターの反応をみてみると、イージス・アショア導入への反対意見が大半のようです。理由は、「導入の意味がない」、「導入で逆にリスクが高まる」、「被災者のために使え」、「防災(公共事業)のために使え」といったものです。

「導入の意味がない」、「導入で逆にリスクが高まる」というのは個人の意見なので自由に主張してもらっても害はありません。政府やメディアがすべきは、価格の高さをセンセーショナルに報じることではなく、導入の意義を広く説明することです。その上で、意義を見出せないのであれば仕方がありません。

一方で「被災者のために使え」、「防災のために使え」とうのは事実誤認があります。イージス・アショアを導入するしないにかかわらず、被災者や防災のために予算を削るということはありえません。しかし、国民のリスクより予算を優先してきたという信じられないようなことがいまでも続いているのです。

国民のリスクより予算を優先する最悪な決断は繰り返してはいけない

近年頻発する豪雨災害により土砂崩れや堤防決壊が起き、多くの国民の命が失われています。このような状況になって、やっと「コンクリートから人へ」のスローガンが間違っていたことに気づいた人は多いのではないでしょうか。しかしメディアと財務省主導による反公共事業キャンペーンで、20年前から公共事業関係費は削られてきました。安倍政権下でも下げ止まりはしたものの、当初予算を6兆円に維持するなど、増やしたくない意思がみえてくるようなグラフになっています。

公共事業関係費の推移
1978年~2019年(案)の公共事業関係費の推移 出典:国土交通省

イージス・アショアをめぐるネットの反応をみると、20年前に公共事業を悪者にしてきた構図と重なります。イージス・アショア導入する予算は「被災者のために使え」、「防災のために使え」との主張は、当時の公共事業費は「社会保障のために使え」と重なります。いまとなっては、公共事業費を削減することで国民のリスクが高まることが周知されてきたので、このような声は小さくなっていくと思います。

しかし、イージス・アショア導入の意義が、国民全体で認識されるのは非現実的です。もし戦争状態になったとしても、導入反対派はイージス・アショアを導入したことで戦争を招いたと主張する可能性が高いからです。そこで重要になるのが、賛成・反対派が歩み寄れるポイントを探ることです。そしていま、「予算不足を理由に国民のリスクを高めることはダメ」というコンセンサスができつつあるように感じます。

イージス・アショアに関しては、導入がリスクを減じるという意見もあれば、導入がリスクを高めるという意見もあるため、沖縄の米軍基地問題と同じで結論は出ないのでしょうが、政府は地道に導入意義を説明し続けるしかありません。

しかし、東京大学経済学部の名誉教授で、元日本経済学会会長の吉川洋氏というとんでもない人物もいるので注意が必要です。

同氏は中央公論2018年8月号で、以下のように述べています。

あれもこれもと、現在国費ベースで年6兆円の公共事業費を拡大することはできない。それでは「国難」としての自然災害を機に、「亡国」の財政破綻に陥ってしまう。

「財政破綻を避けるために公共事業の拡大はできない」、というのです。「財政破綻の危機にある」というのも大きな事実誤認ですが、「人命よりお金を優先する」と日本の最高学府とされる東京大学の名誉教授が名言しているのです。

国は、国民の幸せのためにあらゆる手段を講じることができます。皮肉にも日本は20年間、自ら幸せになる手段を放棄してきたのです。それもこれも、財務省の悲願である増税をするのに都合の良い「日本は財政危機にある」というストーリーを多くの人たちが信じてきたことが原因なのです。幸せな未来を迎えるためには、本当の情報を知ることからはじまります。

まとめ

イージス・アショア導入をめぐり、「無駄な予算論」が展開されています。その構図は、20年前に激しく展開された「無駄な公共事業」と同じですが、近年の災害続きで公共事業は無駄ではないとの認識が広がっています。そのため、困難でしょうがイージス・アショア導入の意義が認識広くされれば、導入への批判も収まってくると思います。一方で根強いのが「日本の財政破綻論」で、これがあるかぎり「国民のリスクを高めても予算を削る」という狂気が繰り返されます。そのため、「日本の財政破綻論」の打破が優先すべき課題になります。