映画『予告犯』の感想。レールを外れた若者たちの報復という単純な話ではない

映画『予告犯』を観ました。原作は筒井哲也の漫画で、2015年に生田斗真主演で映画化されました。以下、ネタバレあります。

漫画は全3巻で、1巻のみ読んだことがあるのですが、登場人物の設定やストーリー展開が映像化を見越した作りになっていることが印象的でした。映画版でも、ほぼ原作を忠実に映像化しているようです。

現代のさまざまな問題を扱った意欲作

前半では、ゲイツこと犯行グループのリーダー的存在の奥田 宏明(生田斗真)が予告犯(シンブンシ)になるまでの過程を追っていきます。奥田はIT会社の派遣社員として働いていましたが、3年後に正社員にするとの約束は反故にされ、社内いじめにより体調を崩し退職を余儀なくされます。

その後職歴に空白ができたため次の仕事は見つからず、仕方なく日雇いの肉体労働で違法産廃の現場で働くことになります。そこで働く同僚たちと仲良くなりますが、その中の一人が病死してしまい、それを侮辱した社長を同僚と一緒に殺害してしまいます。

その事件によりさらに結束を強めた仲間たちは、ゲイツの指示の元、ネット上の発言などで炎上した人たちをターゲットに次々と犯行予告を出し、実際に制裁するという行動をネット配信したため、それが社会問題化していきます。

物語の前半では犯行グループが、社会への不満を募らせて報復活動をしているかのような感じを抱かせるのですが、実は犯行自体には意味がなく、ある目的のために綿密に計算された行動だったことが後半に判明します。漫画を全巻読んでいなかったため、予想外の展開を十分楽しむことができました。

非正規雇用と社員との格差や、一度社会のレールから外れた者に対する社会の冷たい対応、ブラック労働、ネット社会や情報社会の歪みなど現代の問題が描かれ、現代社会の異常さについて改めて考えさせられる作品でもありました。特に奥田が勤めていたIT企業の堀井社長がかなりの憎たらしさで、逆に滑稽で笑えるほどでした。ちなみに堀井社長、原作ではある人をモデルにしたとして問題になったみたいです。名前と絵で誰だが分かりますよね。

やさしい人が生きづらい社会に

映画の中で使われ、テーマともいえるフレーズ「どんなに小さなことでも誰かのためになるのなら人は動く」というものがあります。奥田があえて犯罪を犯したのも人のためで、その奥田を助けようと一般人が動くという場面もありました。犯罪グループの仲間たちも、死んだ仲間のためだけでなく、疑念を抱きながらも奥田を助けたいという気持ちがあったからこそ活動を共にしたのだと思います。

奥田が派遣社員で献身的な働きをしていたのも、自分が正社員になりたいだけでなく、誰かのために働きたいという信念があったはずです。しかしそのような考えや働き方は社内で浮き、社長からウザがられる結果になります。あのようなIT企業で正社員として働けるのは、社長の考えを忖度し社内の空気にひたすら合わせれらる人だけです。

この辺りの描写は、ぼくのこれまで働いてきたメーカーと重なります。会社でうまくやっていけるのは、下請けからの値上げ要求は一切容認せず、部下やパートなどを最低限のコストで最大限働かせられる無情な人たちでした。とはいえ、ぼくがサラリーマンからドロップアウトしたのは気弱な面が原因で、決してやさしいかったからというつもりはありません。

奥田を始め犯行グループの人たちはやさしすぎたため、社会とうまくやっていけず反社会的な活動をした面もあるのかなあと思います。もちろんそれが正当化されるわけでなく、資本主義というシステムを採用している限り、違法でなければ手段はどうであれ稼げるものが勝者となる現代社会です。そんな行き過ぎた資本主義の歪みを、うまく表現した映画だと思いますし、いま転換点にあるのかなあとも感じます。