翁長沖縄県知事の功績とは?沖縄の混乱を深め安全保障リスクを高めただけでは

「国と対決 不屈の精神 - 辺野古阻止闘病中も」。翁長沖縄県知事が亡くなった翌日の中国新聞の一面のタイトルです。中国新聞は翁長氏の功績を評価する姿勢をみせていますが、本当に米軍普天間飛行場辺野古移設反対をを掲げ続けてきた4年間は、沖縄県だけでなく国にとって有意義なものだったのでしょうか?

法廷闘争と反対運動で移設工事が進まなかった4年間

辺野古沖の埋め立ては、仲井真前知事が2012年に承認しましたが、移設反対を掲げ2014年に当選した翁長氏は2015年10月、法的な瑕疵があるとして承認を取り消しました。その後沖縄県と国が法廷闘争に突入し、2016年12月には最高裁が「沖縄県の取り消し処分」は違法と判断し、工事の再開が決まりました。敗訴した沖縄県は2017年7月、今度は工事差し止めを求め国を再提訴しましたが、沖縄地裁は2018年3月、訴えを棄却しました。

移設反対で当選した翁長氏なので、公約通り移設を止めるためにあらゆる手段をとるのは仕方がないことだと思いますが、見方によっては単に時間を費やしただけのようにもみえます。翁長氏が亡くなったのは、2018年7月下旬に「最後のカード」とされる承認撤回方針を表明した後なので、中国新聞のタイトル通り「不屈の精神」で最後まで国と対立したことは確かなようです。しかし、翁長氏が不屈の精神で止めたかった辺野古移設は、本当に沖縄県民や日本国民にとって不利益となることなのでしょうか?

辺野古移設の理由として政府は、「日米同盟の抑止力維持、普天間飛行場の危険除去」を掲げています。普天間飛行場の周りは多くの住宅や学校などがあるため、「世界一危険な基地」として知られています。個人的には政府側の主張に正当性があると感じますが、新たな基地を沖縄に作らせないと翁長氏が主張する限り、沖縄県と国が歩み寄ることはありませんでした。泥沼の法廷闘争の末、沖縄県の敗訴が決定づけられようとしている上、9月に行われる知事選の結果次第であらたな局面に入ることになります。翁長氏の当選により「移設反対は民意」と主張してきた反対派なので、逆の結果になると一気にその正当性が失われることになります。

辺野古移設反対は本当の沖縄県の民意だったのか

2014年11月に翁長氏は知事選で、約36万票を獲得し仲井真氏に約10万票の差をつけ圧勝しました。県知事選では戦後初めて革新勢力に加え辺野古移設反対派の保守勢力も参加した統一戦線が結成されたことから、以後反移設勢力は「オール沖縄」と呼ばれるようになりました。しかし実際には、仲井真氏に投票した人も26万人おり、すべての沖縄県民が辺野古移設を反対しているわけではありませんが、そのような声はメディアから聞こえることはほとんどありません。

選挙は民意の反映なので、翁長氏が当選してから実施された自民党との対決構造となった8市長選で、政権側の支援候補が7勝1敗と圧勝したことは大きな意味を持ちます。決して沖縄の世論は、「オール沖縄」と呼べるものではなくなっているのです。中でも普天間飛行場のある宜野湾市長選で、自民党の支持する佐喜眞淳氏が再選されたことは、(積極的・やむなしとの意見の違いはありますが)移設容認の民意の大きさを示しています。

自民は、翁長氏が2018年4月に膵臓に腫瘍が見つかったと公表した段階で佐喜氏に次期知事選の出馬依頼をし、その後佐喜氏は受諾しています。一方で翁長氏が亡くなった翌日の中国新聞では、知事与党の県議の一人が「ショックだ。どうしていいか分からない」と頭を抱えたといいます。翁長氏の膵がんの切除手術を受けたのは4月です。術後も満身創痍で公務を続けてきた翁長氏を尻目に、不測の事態に備えてこなかった移設反対派の無策が透けて見えるようです。

移設反対派は知事選を「弔い合戦」と位置づけ、県民感情を高める戦略に出るはずです。しかし、痩せ衰えた翁長氏を死の直前まで利用し続け、承認撤回の方針表明を強行させたと印象を持つ県民も多いのではないでしょうか。また、知事の後継者争いでもゴタゴタしています。

「本当にあるのか」翁長知事の音声、内容巡り波紋 後継指名で与野党に疑問

急逝した沖縄県の翁長雄志知事が期待する後継者として玉城デニー衆院議員らの名前を挙げた音声を巡り、与野党で波紋が広がっている。県政与党関係者によると、音声を聞いたのは新里米吉県議会議長一人で、与党会派のおきなわは音声の公開を求めているが新里氏は応じていない。かたくなに開示を拒む姿勢に自民党からも「本当に音声はあるのか」といぶかる声さえ上がる。

中国新聞もそうですが、翁長氏の死を「急逝」(8月10日の天風録)とする向きもあります。しかし素人目にも、手術後の痩せ方をみると先が長くないことは明らかでした。7月27日に東京出張を取りやめたのはドクターストップがかかったからとみられ、30日には入院を余儀なくされました。そして永眠したのが8月8日です。これが急逝でしょうか?翁長氏が死を予期し、後継者指名をしていた可能性は十分あります。なのにこのゴタゴタですから、翁長氏の死の直前までの公務、入院中の言動などが今後、移設反対派を揺るがすスキャンダルの材料になるような気がします。

まとめ

沖縄の基地反対派に対してメディアは、腫物を触るかのような対応が目につきます。8月11日に行われた県民大会の報道もそうです。12日付の中国新聞でも、「主催者発表で約7万人が参加」と書いていますが、主催者発表が水増しされているのは明らかです。ネットでは、実際には9000人だったとか、メディア向けに使われるプラカードを参加者が掲げる様子の動画などの情報が流れています。以下は、チャンネル桜の『沖縄の声』の動画からのキャプチャーです。大会に参加した人が撮影した動画が公開されており、主催者側が参加者にメディア向けの写真撮影のためにプラカードを掲げるよう指示する様子が映っています。

インターネットメディアの出現で、既存メディアが不都合な真実を報道しないのが周知の事実になろうとしています。メディアも民間企業なので、国より自社の利益を最大化するための報道をするのは仕方がないことなのかもしれません。大切なのは、ぼくたちがそのことを認識した上でメディアに触れることなんだと思います。