ありもしない「国の借金」問題を憂い自暴自棄に走る者もいる

2019年1月10日

昨日のエントリーでは、櫻井よしこ氏の消費増税容認発言を批判しました。「老害」とまで強い言葉を使ったのは、いわゆる「国の借金」問題が日本に及ぼす悪影響を本当に危惧しているからです。

photo:PAKUTASO

19人を殺害した植松被告は「国の借金」を憂いていた

以下は、HUFFPOSTに掲載された雨宮処凛氏による2018年10月の記事です。昨日、Twitterで初めて知り読んだのですが、相模原の障害者施設で19人を殺害した植松被告が、いわゆる「国の借金」を強く憂いていたというものです。

植松被告がキレた理由 「日本の借金」を、なぜあれほど憂えるのか「社会保障に多額のお金をかけてる現実をあなたはどう思うんですか?」

このままでは日本の財政が破綻してしまう、というような切迫した思い。そのようなことは植松被告が言うまでもなく、日々メディアで報じられていることでもある。多くの人がそんなこの国の状況について、多かれ少なかれ危機感を持ち、なんとかしなければと思っているはずだ。

普段触れるメディア報道からは、植松被告は障害者に対する憎しみから大量殺人という暴挙に出たという印象を持っていました。それが、もし本当にいわゆる「国の借金」を憂い、その借金増加のひとつの要因である社会保障費が使われる対象を憎んでいたとしたら話は大きく変わってきます。

ひとつ言っておかなければならないのは、被告自身が憎しみの原因を混同している可能性があることです。最初に障害者への憎しみが生まれ、その言い訳として「国の借金」を利用しているのかもしれません。それを踏まえたうえで、いわゆる「国の借金」問題が殺人を誘発するという極端なケースが発生するという可能性は、日本にとって本当に大きな問題だと思います。

いわゆる「国の借金」問題は、それを信じ人生を諦める人を生み出すのが問題

雨宮氏の記事で以下の一文があり、めまいがしてしまいました。

このようなことについて、最近、非常に興味深い記事を読んだ。「『将来の生活不安が差別をはびこらせている』障害を持つ人の集会で抵抗の声」(BuzzFeed 岩永直子)という記事だ。ここで、障害者の人権問題に取り組んできた立命館大学の立岩真也氏の声が紹介されているのだが、立岩氏は、相模原事件などについて、少子高齢化が叫ばれる時代、「命を選別しなければ国民の生活が立ち行かなくなるとする不安」が背景にあると指摘している。

ありもしない「国の借金」問題を信じる人に、「命の選別」の必要性まで考えさているという現実があるなら、今後も第二、第三の植松被告が現れても不思議ではありません。もしかしたら、「借金大国の日本の将来のため」と考え、巧妙に実行に移されている可能性だってあります。

雨宮氏の本文を読む限り、彼女が植松被告と同じいわゆる「国の借金」問題を、本当の問題として真剣に考えていることが分かります。雨宮氏といえば左派系の論者ですが、いわゆる「国の借金」問題を信じているのは右派の重鎮、櫻井氏も同じです。右左に関わらず、多くの論者がいわゆる「国の借金」問題を信じているのは、「お金」について理解が欠けているからです。彼女らからは、「借金は返すのが当たり前」以上の説得力のある説明を聞くことはありません。

本文中には、 植松被告と接見した金沢大学名誉教授・井上英夫氏の一言が紹介されています。「でも日本は本当にお金がないのだろうか。借金してたとしても金はあるんじゃないかな」。その一言に植松被告は激高したといいます。井上氏の言葉は本質を突いており、「国の借金は政府の借金で、一方で家計は過剰な貯蓄を抱えている」 のが現実です。それを増税をしたい財務省が政府の借金を「国の借金」と言い換えるレトリックを使い、それをメディアが喧伝し、多くの識者と国民が騙されているのが現実なのです。

まとめ

NHKなどのオールドメディアで、「政府の借金が増えると家計の金融資産が増える」という事実を、データで示すキャンペーンをするだけで日本は良い方向に向かうと思います。逆に言えば、政府が借金を返せば家計の資産が減ります。このまま少子化になれば、人口の多い高齢者が持つ莫大な資産の若者への取り分が増えますが、政府の借金を増税などで返すと取り分が減ります。

視点を変えればそんなもので、いわゆる「国の借金」はお金の流れの一部分でしかないのです。本当に「次世代へツケを残す」行為とは、政府の借金を減らすことです。憲法改正も大切ですが、今切迫した問題として本当に必要なのは、そんな当たり前のことを国民が認識することではないでしょうか。