「伊予の早曲がり」とSNSでの罵倒。はき違えた個人主義が社会を歪める

「個性を大切にしよう」「自分を貫こう」「オンリーワンになろう」などという言葉がもてはやされて結構な年数が経ちますが、昨今は、このような個人主義の賞賛をはき違えた身勝手な行動が目に余るように感じます。

自分の行動が周りにどのような影響があるのか想像しましょう

先日、きれいな「伊予の早曲がり」をするタクシーに遭遇しました。タクシー会社と車のナンバーなど、車載カメラで証拠映像をばっちり撮られる環境なのに、よく交通違反ができるなあと思いながら、男性高齢ドライバーの顔を眺めていました。

「伊予の早曲がり」とは、交差点を右折する際に急発進を行い対向の直進車よりも早く右折する行為を指す俗称で、右直事故の典型的原因にもなっている交通違反のひとつです。愛媛県に多い違反とされるため、この俗称がついたそうです(Wikipediaより)。しかも画像のタクシーは、信号が青に変わる前から交差点に進入しており、完全にアウトです。

時間に間に合わず、急いでいるときはちょっと無理な運転をしたくなる気持ちは誰でもあるはずです。でも、それを我慢するのが大人です。一度「ちょっと無理」のハードルを下げてしまうと、次からはその人にとってはそれが普通の行為になってしまいます。結構な高齢だと思われるタクシードライバーは、そんなちょっとした我慢さえできないお子様だとのそしりを受けても仕方がありません。

まず、「伊予の早曲がり」は事故のリスクを高める行為として交通違反なので、行為自体がアウトです。しかし交通違反という意識が低いのか、「伊予の早曲がり」をするドライバーは結構います。少し想像すれば分かりますが、「伊予の早曲がり」をすることで反対車線の直進車や曲がった先の歩行者などへの衝突リスクを高めます。「とにかく自分が早く曲がりたい」が最優先の人は、その行為が周りにどのようなリスクを与えるのか想像さえできないのでしょう。

ルールを守る、他人に迷惑をかけないが原則

明文化されたルールを守るのは当然としても、最近は社会的なルールの遵守さえも疎かになっているように感じます。社会的なルールといってもはっきりと決まっているものではなく、人を不快にさせる行為と捉えてもいいかもしれません。先述のタクシー運転手は法律違反なので話になりませんが、さらに社会的なルールの観点から考えると、プロのドライバーが率先してマナーの悪い運転をすることの社会的影響は重いはずです。「年配のタクシードライバーがやってるんだからいいだろう」と若者が影響を受けることも考えられます。自分では大したことはないと思っても、意外と社会にとって悪影響になっていることって結構あるのではないでしょうか。

話は変わりますが、ホリエモンが逮捕されたときは「国策捜査だ」「形式犯だ」「陰謀だ」などと騒がれました。今ではゴーン被告が同じく形式犯として拘留されています。法律的にどのような罪があるのかはともかく、ホリエモンやゴーン被告からは、人が憚るような法律のグレーゾーンを平気で利用するような胡散臭さを感じてしまいます。つまり明確な犯罪ではないかもしれないけど、社会的なルールを守らなかったことが逮捕の一端にあるのではないでしょうか。 放置されていたグレーゾーンでも、ホリエモンやゴーン被告のように社会的に影響力のある人が我が物顔で侵害したため、見せしめのために捕まえたような気がします。

逮捕され刑務所に入れられたホリエモンですが、近年は再びSNSやメディア、出版物で影響力を広げています。たまに彼の動画を見ると、「これまで社会に窮屈さを感じてきた人たちに、別の生き方の選択肢を提供したい(意訳)」という感じの発言をし、実際に多方面に活躍することで実践しています。そして自分のように、組織より個人を最優先すべきとアドバイスします。

それ自体は有意義な活動だとは思います。しかし一方で、SNSやメディアなどで「死ね」「バカ・アホ」といった過激な発言をするところは理解に苦しみます。先日も「や、やさい食べてますか?w」のSNSでの返信に対し、「お前死んだ方がいいよ」などと過剰に反応するなど、とてもより良い社会を実現しようとしているように見えないばかりか、怒りのコントロールさえできないわがままなお子様に見えてしまいます。

このような言動から、ホリエモンからは個人を重視するあまり、社会的ルールをあまりにも軽んじているような感じを受け、彼の社会へ与える影響について心配になります。「自分がそうしたいから」という間違った個人主義を持つ人が増え、周りや社会に与える悪影響を想像することのできないタクシードライバーのようになってしまわなければいいのですが。

まとめ

個人主義が悪いとはいいませんが、法律や社会的ルール、他人に迷惑をかけないという原則を守るのは最低限必要です。法律は、公平性を保つために不可欠なものです。法律を平気で破ったり、人にどう思われようと気にしないメンタルの人が利益を拡大するのは世の常です。しかし、法律違反までいかないにしても、その一歩手前のグレーゾーンを平気で犯し、知名度や財力を獲得し影響力を持つ人を個人主義としてもてはやす風潮には危険性を感じます。

法律や社会的ルールに縛られすぎても窮屈になるのでバランスが難しいのですが、個人主義の名の下に「わがまま」が容認され、そのしわ寄せをまじめに生きている人たちが被る社会にはすべきではないと強く思います。時代の寵児ともてはやされるホリエモンですが、彼がどのようなことをしてきたのか、それが社会にどのような影響を与えてきたのかを思い出す必要があるのかもしれません。