純粋なカタール人はわずか。オイルマネーでサッカーチームを強化してきたカタール

ハイチ出身のアメリカ人の父、日本人の母を持つテニスの全豪オープンで優勝した大坂なおみ選手の国籍を巡り論争が起きています。現在は米国と日本の二重国籍状態で、日本の法律では満22歳の誕生日までにどちらかの国籍を選ばならないため、大坂選手がどのような決定をするのか注目されています。

一方で選手の国籍問題と言えば、昨日2月1日にアジアカップ2019で日本を下し優勝したカタールは、スポーツ選手の国籍問題が度々取り沙汰されています。どうやら人口約271万人と少ないカタールは、スポーツで好成績を上げるために各国から優秀な選手を帰化させる戦略をとっているため、本当に代表選手が国民としての資格があるのかが問題視されているようです。

カタールの国旗

潤沢なオイルマネーで人材を集めスポーツを強化

カタールは、秋田県よりやや狭い国土ながら世界第3位の原油の埋蔵量があり、「世界一お金持ちの国」と呼ばれています。2017年の一人当たりの名目GDPは約6万1000ドル(日本は約3万8500ドル)で、所得税や消費税はなく、医療や教育、電気は無料で提供されています。

人口は約271万人ですが、そのほとんどが外国人労働者です。2013年の調査では、当時の全人口180万人のうちカタール国籍はわずか13%の27万8000人に過ぎず、87%にあたる150万人が外国人労働者でした。近年の急激な都市開発や2022年のW杯開催に向けたインフラ整備のため外国人労働者が急増していることが、かつて1位だった一人当たりの名目GDPの近年の低下を招いていると見られます。

そんなFIFAランキングは93位で、人口が日本と比較にならないほど少ないカタールがなぜ日本に勝てたのでしょう?それはW杯開催に向け、サッカー選手の育成に国を挙げて支援しているからです。潤沢なオイルマネーにより、世界中から優秀な指導者と選手呼び集めています。このような帰化選手による強化戦略は、かつての日本代表で活躍したラモス瑠偉選手などを参考にしたといいます。今では代表には、純粋なカタール人はほんの数人しかいないといいます。それでも寄せ集めた優秀な個人をチームとして活躍させるためには、優秀な指導者による努力もあったことは言うまでもありません。

徹底した自国民ファーストと競争社会

外国人労働者の受け入れが成功しているように見えるカタールですが、国籍を持つカタール人と外国人労働者には明確な線引きがされています。一人当たりのGDPの高さから「世界一お金持ちの国」とされ、7世帯に1世帯は日本円にして1億円以上の資産を保有していると言われています。しかしその実態は、本当のお金持ちは少数の国籍を持つカタール人だけなのです。

国籍を持つカタール人30万人弱はほぼすべて公務員として、石油会社や政府機関など大手で働いています。潤沢なオイルマネーに惹かれカタールで働く外国人労働者ですが、その仕事内容は現地の人がやりたがらない過酷なものがほとんどです。もともと砂漠しかなかった土地なので、砂塵や猛暑などに悩まされる劣悪な環境で働くことになり、健康を害し母国への帰国を余儀なくされる人も少なくないといいます。詳しくは、カタールで働いた経験者による以下の記事が参考になります。

カタールに出稼ぎに行ってみたが、まさかの派遣切りに

2022年のワールドカップの準備に邁進するカタールは、外人労働者200万人の恩恵によって成長が持続できる国である。カタール人はわずか30万人弱。最近は、湾岸諸国の親玉とその同調者に難癖つけられ一時動揺したが、日常用品や食糧はトルコやイランなどの別の国からの輸入に切り替え、難なきを得ている。

宿舎は捕虜収容初のようで、労働環境は限りなくブラックだっといいいます。それでも母国より稼げるため、過酷で差別的な待遇を受けながらもカタールを目指す労働者は後を絶ちません。中には実情を知らず、「世界一お金持ちの国」のイメージを抱いたまま訪れる労働者も多いのではないでしょうか。しかし実態は、単に労働力として使い捨てされるだけで、オイルマネーの恩恵を受けられるのは国籍を持つの自国民と、スポーツなどでカタールに貢献できる本当の実力者だけなのです。

まとめ

恐らく日本の国民性では、カタールやシンガポールのような差別的ともいえるような移民政策を進めることは無理でしょう。むしろ、そのような冷徹な移民政策を進められない日本だからこそ、移民受け入れを拡大すべきではないと考えます。

カタール人のように、自国民と外国人労働者に明確な線引きをし、楽できれい、かつ高給な仕事は自国民、苦しく汚く、安い仕事は外国人と割り切れなければ、日本人労働者と外国人労働者の境界が曖昧になり、外国人労働者受け入れ拡大により自国民が不利益を被ることは容易に想像できます。日本にグローバリズムがそぐわないのは、残酷な世界で生き残れるだけの冷徹さを備えていない国民性によるものではないでしょうか。