意外と助け合いの精神は残っている?互助が当たり前の社会に

困っている人、助けを求める人に気付いたとき、即座に助けられる人になりたいと多くの人が考えていると思います。しかしぼくを含め、実際に行動に移せる人は少ないのではないでしょうか。そんな勇気ある行動をした結果、大けがを負った上補償も出ないという憂き目にあった男性の記事がこちら。「それでもまた助ける」と断言する男性に尊敬の念を抱きます。

ツイッターでも勇気ある行動を称えるともに、「見て見ぬふり」をする社会を嘆く声が上がっています。日本社会は、本当に「困った人を助けない」社会になってしまったのでしょうか?海外のケースですが、意外と助け合いの精神は残っていることを示すデータが報じられていましたので紹介します。

以下、要約です。

困っている人がいたら助けますか?

個人は自分の利益にだけ興味があるという通説が、間違っていたことが今回示されました。一般的には、公の場で助けを求める人がいても、周りの人たちは立ち止まるだけか、お互いに顔を見合わせるだけで助けない傾向があると考えられています。しかし、数百本の監視カメラの映像を分析した結果、それが誤りであることが分かりました。

小さないざこざから、ナイフを使った深刻な暴力事件まで、90%のケースで3~4人が仲裁に入ることが確認されました。ほとんどのケースで、彼らは事態がエスカレートしないよう、当事者の間に自らの体を入れ両者を引き離そうとします。

例えば、相手が武器を持っている場合でも仲裁に入ることは良いことでしょうか?警察は、深刻な事態の場合は仲裁に入らず、警察に通報するようアドバイスします。

分析チームは、結果は予測と違い、あまりにも高い確率で助ける人が出現することに驚いたといいます。またその確率は、オランダ、南アフリカ、英国で大きな違いはなく、文化人類学者として意外だったそうです。事態が深刻なケースでは、「一致団結して助ける」という世界共通の行動が確認できました。

監視カメラの映像からは、ある事件に対して、自分以外に傍観者がいる時に率先して行動を起こさない集団心理とされる「傍観者効果」は確認されませんでした。研究室での実験では得られない結果が、実際の人々の行動から示されたのです。

まとめ

幸運なことに、公の場で人の助けを必要とする場面に遭遇したことはそれほど多くありません。それでも、オーストラリアで乞食にからまれた時や、レンタル自転車のカギを無くした時に助けてくれた親切な人たちは印象深く残っています。

「周りから良く見られたい」「自己満足」など理由はどうであれ、困っている人がいれば助けるのが当然とされる社会であって欲しいものです。そんな希望を抱かせる、今回の2つの記事でした。