京アニ被害者の実名報道を巡る議論。マスコミの取材手法とは別の話

メンタリストDaiGoさんの動画が14万件の「いいね」がつき、注目を集めています。被害者家族の要望にもかかわらず行われた、京アニ放火事件被害者の実名報道に対し怒りをぶちまけています。

個人的に、DaiGoさんの動画内容には納得できない趣旨の記事を書きました。

京アニ被害者実名報道に激怒するメンタリストDaiGo、そして自省

実名報道はマスコミの金儲けのためと決めつけ、マスコミ関係者を執拗に攻撃していることに違和感を持ったからです。実名報道がきっかけで、被害者家族に心無い取材が殺到すると決めつけていますが、この事件のマスコミの動きは慎重なものでした。

府警記者クラブは事件発生3日後から、メディアスクラムのような過熱した取材を避けるため協議を重ね、取材が可能かどうかは代表社が意向を確認し、取材対応が可能な場合でも取材する記者の数は遺族の意向を反映させる、などの対応をとってきたといいます。また、中堅記者からは「事件の悲惨さを伝えるのは匿名でも可能なのではないか」「ご遺族の意向に沿わない実名報道は世間に受け入れられるのか」などの実名報道に否定的な意見が挙がったようです。

詳しくはこちら。「きれいごと書いてんじゃねえよ」的な辛辣な反応が多いようですが、マスコミも変わりつつあることを多少でも評価してもいいのではないでしょうか。

DaiGoさんはマスコミのことをボロカスに叩きますが、遺族の気持ちを伝えるのもマスコミの仕事です。25人の身元が公表された27日、犠牲者の1人石田敦志さん(31)の父・基志さん(66)が捜査本部のある伏見署で記者会見し、「息子は『35分の1』ではない。ちゃんと名前があって毎日、頑張っていた」と記者団に語りかけました。基志さんは、事件発生直後から実名を公表しながら息子さんの人生について語ってきました。

DaiGoさんは実名報道と、メディアの心無い取材を同列に批判していますが、それぞれ分けて考えるべきだと思います。実名報道問題は、昔から繰り返し論争されてきました。最近では、座間9遺体事件の未成年を含む被害者の実名と写真が報道されたことが問題になりました。被害者が自殺願望があったこと、暴行されたことなどを考慮すれば実名報道すべきではなかったと批判が高まりました。また、相模原障害者施設殺傷事件では、障害者施設で起きたことを考慮し、警察は被害者の実名の発表を控えました。

今回は放火事件による被害者で、被害者にまったく落ち度がないことから、これまでの通例に従えば被害者の実名は報道される流れでした。それが被害者家族の要望もあり、京都府警は発表を遅らせる異例の対応をとってきました。

事件から40日を経て実名が発表され、報道機関でも実名を報道するかしないで対応が分かれました。大手新聞社とテレビ局は軒並み報道しました。SNSでは「記者の名前を出さないのは卑怯」との声もありますが、毎日新聞は著名入り記事になっています。そしてDaiGoさんの批判動画につながるのですが、この実名報道だけを持ってマスコミを完全に悪とする論調には同意しかねます。

実名報道をした各メディアにも理由があり、「金も儲けのため」と決めつけるのはフェアではないと思います。例えば以下の記事のように、実名報道の意義を解説したものもあり、DaiGoさんの一方的なマスコミ悪玉論とは違う説得力を持ちます。

確かに、事件現場に訪れる被害者を悼む人たちを取材する姿は異様ですし、記者の中には被害者家族が嫌な思いをするような取材を試みる人もいると思います。それをDaiGoさんのが批判したいのであれば、具体的な事例を示すべきです。また、それと実名報道の是非は別の話です。

「とにかくマスコミは金儲けのことしか考えていない」「サイコパスだ」とマスコミを攻撃すれば支持を得られるでしょう。しかしそれでは、マスコミの何が問題なのか事の本質が見えてきません。マスコミが信頼を失いつつあるとは言え、SNSよりは信頼性の高い情報を提供しているのは確かです。

メリットとデメリットは表裏一体です。記事の信頼性を高めるため実名報道をしたとしても、その後マスコミからの執拗な取材や、周りからの好奇の目、ネットでの中傷などがなければ被害者家族も心穏やかに過ごせると思います。そう考えると、事の本質は実名報道の是非ではなく、マスコミや周りの人たち、ネットユーザーの倫理観の問題だとも思えてきます。ぼくには、周りの人のひとりに過ぎないDaiGoさんの動画投稿が、とても倫理的だとは思えないので批判している訳です。