京アニ実名報道で得をしたのはメンタリストDaiGoさん?両論併記の死

魅力はあるけれど、それ以上に危うさを感じるDaiGoさんを取り上げるのはこれを最後にします。弱小ブログながら、DaiGoさんについて書くことで結局彼を利することになるからです。

DaiGoさんが『京アニ実名報道【人の死を金としか考えないマスコミ】の正体を解説【NHKも新聞もグル】』を公開したのが8月27日。彼のチャンネル登録者数、動画再数回数は跳ね上がりました。

結果的に、(彼の母を含めた)人の死を利用し、ビジネスの成功につなげたことになります。「お前もDaiGoを取り上げることで、ブログ収益がある以上、間接的に人の死を利用しているではないか」との指摘もあるでしょう。それは認めます。

一つだけ弁解したいのは、ぼくは実名報道に関し賛否を示していません。それは当事者がすればいいことで、遺族やマスコミがそれぞれの意見を表明すればいいと考えているからです。DaiGoさんのように、遺族側に立ったような体で、マスコミを完全悪と断定しボロカスに叩くことに違和感を感じます。

そしてその動画に対し、好意的な反応が殺到しました。「マスコミも記者の名前と写真を晒しやがれ」との意見が、一般的な反応として広がっている事に怖さも感じました。人の心を読むDaiGoさんであれば、当然予測できた反応でしょう。それを分かっていながら、一方的な意見で世論を扇動する彼が、今後危険な存在になることを危惧しています。

そのように感じたのは理由があり、まず件の動画を観た瞬間に胡散臭さを肌で感じました。そして、DaiGoさんが8月16日に公開した『N国党の崎陽軒【不買運動の真の狙い】を心理学的に考察してみた』を観て確信に変わりました。この動画ではN国党(NHKから国民を守る党)の代表、立花孝志氏が世間から注目を集める手法を絶賛しています。

DaiGoさんによると立花氏は、Googleのアルゴリズムの特性を利用し、インターネット検索で上位に表示させる手法(SEO)を取り入れた活動をしていると分析します。「マツコ・デラックス」「不買運動」「NHK」などのパワーワードを意図的に利用しているのです。

マツコ・デラックスを攻撃することに正当性は必要なく、その行為によってマツコ・デラックスのパワーワードに、「N国党」「立花」が関連ワードとして取り上げられ、人々の印象に残ります。選挙に当選するには、知名度を上げるのが最短の道です。崎陽軒のシュウマイの不買運動なんて正当性はなく、彼は韓国関連で盛り上がる「不買運動」というパワーワードを利用したかったのでは、とのDaiGoさんの指摘には膝を打ちました。

ネットニュースを見てください。現在も話題を集めているのは、竹島を「戦争で取り返すしかない」と発言したN国党丸山氏です。発言の真意、正当性はどうでもいいのです。その時は世論の反対意見が多くても、それをひっくり返すのは容易です。後で間違いを認め、謝ればいいのです。

反社会勢力への闇営業で批判された吉本芸人も、カメラの前で涙を流し謝罪をすれば、一気に同情を集めることができました。それを観た頭のいい人たちが、「日本人を騙すなんてちょろいな」と考えない訳ありません。

以上の流れを見ると、DaiGoさんはアクセス数を稼ぐために「実名報道」というパワーワードを利用した、との結論が導き出されます。「いや、DaiGoさんは純粋に遺族を思い、マスゴミに憤っているんだよ」と思う人もいるでしょう。そう思うのは自由ですし、性善説を信じる人間的に素晴らしい人たちだと感じます。しかし、巧妙に情報操作をし、社会全体より自己の利益のみを追求するため、あなたたちを騙そうとしている人は必ずいることも、知っておいて欲しいと思います。

まとめ

ぼくはオールドメディアに対し否定的な見方をしており、マスコミ叩きをするDaiGoさんにも理解できる点があります。しかし件の動画は、「感情的になります」と弁解はしていますが、マスコミを一方的に批判するバランスの欠いたものになっています。腐ってはいますが、オールドメディアは両論併記の原則を完全には捨てていません。実名報道にしても、被害者の立場、マスコミ側の立場をそれぞれ取り上げていました。しかし両論併記は、伝える側、読む側にとって骨の折れる作業です。

分かりやすいのは、ある特定の組織、人物を完全悪と断定し、徹底的に叩くYouTuberなどのインフルエンサーの論調です。オールドメディアから、そちらに流れるのは当然の流れなのかもしれません。その論調が、より良い社会を実現するために有益なものだといいのですが、現実はそんなに甘くありません。

オールドメディアからネットメディアに形成される世論になり、そこで待ち受けていたのは地獄のような社会でした、となる可能性が高まっているように感じています。