キャピタリズム(資本主義)は失敗?稼いだ者勝ちの歪んだ社会

厚生労働省は、「働き方改革」の意義を以下のように説明します。

「働く方の置かれた個々の事情に応じ、多様な働き方を選択できる社会を実現し、働く方一人ひとりがより良い将来の展望を持てるようにすることを目指しています。」

個人的には、翻訳ライターとパートタイマーとして好きに働いているので、「働き方改革」を実践しているといえます。本当に多くの労働者がそのような働き方を選択でき、かつ十分生活できるような所得が得られるのであれば理想的でしょう。ですが現実とは大きく異なります。

パートタイマーは正社員と同じ仕事をしても対価は低く抑えられ、それが当然だとされているのが日本社会です。自分に適した働き方を選択した場合、多くの場合は不当な低賃金で働かざるを得えません。そのため、家族を支えなければいけない人は会社員を選択し、会社からの理不尽な要求でもノーとは言えず、自分を押し殺して働いてるのが実情ではないでしょうか。

昨日の配送会社の面接で、その思いを強くしました。「うちで働くなら法定労働時間ギリギリまでやってもらうよ。副業している時間なんてないよ」。そんな言葉が面接官から出て、それが許される低い企業倫理が現代にも蔓延っていることを思い知らされました。

日本では、労働者の価値は徹底的に低くなってしまいました。日本だけ下がり続けている実質賃金が、そのことを裏付けています。一体何が間違って、こんな日本社会になってしまったのでしょう?「(手段はどうであれ)企業も個人も稼いだものが勝ち」。そんなこてこての資本主義が正義とされる風潮が日本に強いのが一因だと個人的に考えています。

全労HPより

先進国でも、格差の広がりとともに「資本主義」への懐疑的な見方が広がりつつあります。

「キャピタリズム(資本主義)の崩壊。復活するためにはリベラルが屈辱的敗北を受け入れる必要がある」、とのタイトルで始まるこの記事では、民主主義を取り戻すためには、私たちは現代に蔓延るリベラル哲学、政治と経済政策を見直す必要があると主張します。

1989年のソビエト連邦の崩壊、2001年の中国のWTO加盟の後、世界は自由市場と自由民主主義を是とする政治経済に集約され、その結果マーケットは拡大しますた。しかしそのことが、民主主義も自由主義ももたらさなかったと結論付けます。

そして今、資本主義が正義のごとく扱われた時代に終わりを告げようとしており、その余波がこれまでの政治にノーを突き付けるトランプ大統領の誕生やイギリスの欧州連合離脱(ブレグジット)だと説きます。

この記事の反応には、「トリクルダウンなんて起きる訳がない」「資本家の思い通りの社会になりつつある。是正が必要だ」など好意的な意見がある一方で、「かといって社会主義はダメだろ」との意見もあります。「資本主義がダメなら社会主義へ」と言うつもりはありませんが、資本主義の限界を知る必要があるのではないかと思います。

まとめ

今ぼくが勤めている会社もそうですが、経営者の話を聞くと絶望的な気持ちになります。「ここで雇われていることに感謝しろ」「会社のために何ができるか考えろ」「できないではなく、どうやったらできるかを考えろ」。経営者の立場からは仕方のないことかもしれませんが、労働者側からは「その対価を十分払っているのか考えろ」と言いたくなります。しかしその一言で会社員としての立場は危うくなり、家族のことを考えると我慢するしかありません。これが資本主義がもたらした社会だというのなら、その失敗は明白ではないでしょうか。