上司への忖度はグローバルスタンダード?仕事上の無駄なやりとりが嫌い

昨日はドイツの「合理的な働き方」について、うらやましい気持ちを込めて書きました。ドイツではその弊害として、「不便な社会」があることも新たに知ることができました。さらに掘り下げると、人種や移民問題、根強い極右・ネオナチ思想など、闇が深い社会であることも事実。そんな国特有の問題は置いといて、完全に個人的な理由でうらやましいと思うのは「合理的に働ける」こと。

ドイツに限らず、欧米では雇用契約がしっかりしており、基本的に決められた仕事だけすればよい、ということが常識だと思います。ぼくが嫌いなのは、自分と他人との仕事の境界が曖昧なこと、常態化した残業、面接や雇用契約で触れられていない転勤や配置換えなどの辞令に、当たり前のように従わなければならないことなど。

最後にサラリーマンとして働いた会社では、本人の意向を無視した大阪への転勤、営業職や製造職への配置換えなどに振り回されました。あと、不毛な会議や教育訓練、社員旅行、飲み会などに参加しなければならず、サラリーマン生活にはほとほと疲れ果ててしまいました。

今は非正規として働いており、無駄な会議や残業、飲み会とは無縁の労働環境になりました。仕事内容も「配達」なので、無駄な雑用が入り込むこともありません。空いた時間で製造のヘルプを頼まれた時は、「契約と違う。頻繁にある場合は待遇を見直して欲しい」と伝えてからは依頼がこなくなりました。「自分の仕事さえしっかりとやってればいいじゃん」的な欧米的な雇用契約が気に入っています。

ただ、上司とのやりとりには未だ苦痛が伴います。「いつ、何を、どこへ配達するのか」さえ伝えてもらえればいいのですが、とにかく指示が分かりづらい。しかも、聞き返すと不機嫌になり、さらに何を言っているのか分からなくなるので困っています。3度聞くと必ず激高するので、2度聞いて分からなくても、ある程度予想して動きますが、たまにちょっとした行き違いが生じます。そんな時は決まって、「○○って言っただろ」と怒鳴られます。「言ったんだろうけど伝わってないのが問題なんだよ」と心でぼやきつつ、「すみません」と謝るしかありません。

海外では、部下に怒鳴る上司は無能だと判断されると聞きます。自分の感情をコントロールできていないからです。部下の失敗は上司の監督不足が一因なので、当然と言えば当然なのですが。日本ではなぜか、長時間会社にいて誰かに責任を押しつけても罪悪感を持たない人が出世します。こんな上司にでも忖度しなければならい、アホらしいジャパンスタンダードとはおさらばしたいものです。