『国債を巡る危険な楽観論』の間違い。借金を返そうとするからややこしくなる

数少ない友人の一人に、結構な額の貸しがあります。お金を貸したのは約20年前で、その後、そいつの家庭が大変な状況になったこともあり、返済を求めていません。このままうやむやにされても仕方がないと、ほぼ諦めています。

しかし、本来であれば借りたお金は返さなければなりませんし、特に日本人にはその意識は強いと思います。いわゆる「国の借金」問題が、ややこしくなるのはそのためです。

例えばこの記事、『国債を巡る危険な楽観論』。

冒頭で著者の五十嵐氏は以下のように言及し、楽観論を諫めます。

わが国の国債はその9割以上を日本人が保有しており、いわば家庭内借金のようなものだ。将来、返済される際には、日本の中でお金が右から左に動くだけだから問題ない、と。

確かにそのような主張をしている人がいるのでしょう。しかし、重要なのは、「家庭内借金」であると同時に「家庭内でお金を生み出せること」、さらに誤解を恐れずに言うと、「返済さえ必要ないこと」です。その前提を抜かしていては、話になりません。

五十嵐氏は「国債が償還される」ことを前提に話を進めますが、償還されて現金化されたお金はどこに向かうかの視点が欠けています。景気が良ければ他の投資先に向かいますし、また国債に当てられるかもしれません。たとえ金利が低くても、現金で保有しておくよりお得ですから。

いわゆる「国の借金」の返済が必要ないとは、常に国内で貸し手がいるという意味です。そうでなければ、国の借金を増やし続けることはできませんから。それなのに、将来借金を返済する前提で話を進めているので支離滅裂になってしまいます。

いわゆる「国の借金」、正確には政府債務残高を減らしている国なんてほとんどありません。ここ10年で減らしつつあるドイツでさえ、それ以前は堅調に増やし続けてきました。


source: tradingeconomics.com

ドイツが政府債務を減らしても経済成長できているのは、借金の負担を民間や外国に押し付けているからです。それができないギリシャや日本が、無理に政府債務を削減するとどうなるかは経済成長率をみれば分かります。

そんな五十嵐氏ですが、結論として「国債の残高を減らしていくのは無理だ」と言い切ってしまっています。

ただし本稿の結論は、国債は地道に減らしていくしかない、ということではない。現実的に考えれば、国債の残高を減らしていくのは無理だ。残高の増加をできるだけ抑制しつつ、経済成長を実現させて、GDP対比の国債残高の比率を徐々に引き下げていくしかない。

「国債の残高を減らしていく」前提で解説してたんじゃなかったのかい???最後に、「国債が償還されるときには何が起こるか」の説明が意味がなかったことを、自ら認めている訳です。