パニックで現実を見失ってはいないか?新型コロナと「穢れ」の関係

『逆説の日本史』で有名な井沢元彦さんには、『穢れと茶碗 日本人は、なぜ軍隊が嫌いか』という名著があります。井沢氏は、日本人が軍隊嫌いなのは日本特有の「穢れ」精神に理由があると説きます。「穢れ」を普段意識することはあまりないと思います。でも、綺麗に洗っているとしても他人の茶碗と箸は使うのに抵抗がありませんか?それは、無意識に「穢れ」を感じているからかもしれません。

日本人は特に「死」に関連しているものから「穢れ」を感じ、軍隊が嫌いなのも彼らが戦争になれば誰かを殺す可能性があるからだといいます。「自衛隊は人を殺していない」と誇る人がいたり、「息子には戦争になって人を殺してほしくない」と心配する親がいたりするのも日本特有かもしれません。戦時中には軍人を英雄と持ち上げても、平時にありがたみを感じることはあまりありません。また、屠殺に従事する人たちに対する差別意識も、彼らが「死」を扱っているからと井沢氏は説きます。

この「穢れ」の感覚は悪いことばかりではなく、世界有数の公衆衛生意識の高さにも一役買っています。「死」と「伝染病」が密接に関連していることを体験から感覚的に学習することで、「死=忌み嫌うもの」との意識が根付き、遠ざけることで伝染病の蔓延を防いできました。今世界で問題になっている新型コロナも、日本人の感染者増加ペースが遅かったのは「穢れ」精神と関係しているのかもしれません。

しかしその対象は新型コロナウイルス自体ではなく、感染者や家族、医療従事者にも向かっているのはまずいと感じます。ここ広島県でも、感染者の増加ペースが速くなってきました。広島県が開示していない感染者の情報(勤め先や立ち寄った場所など)が、ツイッターで書き込まれています。感染者の勤め先とされる企業は、社員から感染者が出ていないとわざわざ発表していることから、デマの可能性もあります。また市長の対応や、マスクをせずに外出している人たちへの不満や、休校を求める声が増えてきました。

感染拡大防止に「人との接触を避ける」が基本なのはそうですが、それでも完璧に防ぐことはできません。今必要なのは、爆発的な感染拡大を防ぎながら冷静に医療体制を維持することです。「休校しろ」「外出するな」「マスク、消毒しない奴は許さない」と叫んでいても、状況は好転しません。「平和憲法を守れ」と叫んでも、戦争が防げるわけではないように。多くの人が新型コロナで疑心暗鬼になり、他人すべてが忌み嫌う「穢れ」の対象になりつつあるような危うさを感じます。