愛するがために暴走する人々。現代の病理をリアルに描く映画『悪人』

2010年公開の映画『悪人』を観ました。吉田修一の小説が原作で、監督は李相日、主演は妻夫木聡と深津絵里です。テーマは「人間の本質は善と悪」だそうで、前エントリーで紹介した『三度目の殺人』に共通します。どちらの作品も、善と悪の境界がぼやけて観る者を考えさせます。妻夫木聡演じる清水祐一が逮捕される直前に剥き出しにした狂気も、深津絵里演じる馬込光代のことを思ってのことだと解釈できます。観る側の判断に委ねている点でも共通しています。

ストーリーは単純で、殺人を犯した清水祐一と、祐一を愛してしまった馬込光代の逃避行劇です。祐一は、一方的に好きだった石橋佳乃を殺してしまいます。佳乃にも非があり、佳乃が一方的に好意を持っていた増尾圭吾に捨てられたことを見下していた祐一に見られます。プライドの高い佳乃は激しく祐一を侮辱したことから、パニックになった祐一が発作的に殺してしまいます。その後出合った光代と恋に落ち、光代に自首を止められ一緒に逃げることになります。

正直40半ばのおじさんには、好きだ嫌いだといった恋愛ドラマはしんどいです。「自分たちの将来のためにも、ちゃんと罪は償おうね」と言いたくなります。それが出来ないのが恋愛なのでしょう。「恋は盲目」なんて言葉があるように、恋愛中の二人には常識なんて通用しません。恋愛中は病気の状態と同じで、自分の若かりし頃を思うと恥ずかしくなります。そんな恥ずかしさを思い出させる映画でもあります。

しかし愛は若者だけの特権ではなく、娘を思う両親にも同じ感情があります。娘を殺された柄本明演じる石橋佳男は、娘を路上に放置し殺される原因を作った圭吾に殺意を抱きます。これも愛が捻じれた感情がそうさせているわけで、まともだと言えませんが娘を持つ親として理解できます。理解はできますが、さすがにスパナを持ってぶん殴りに行くことはしないと思います。実際そんな立場になったらどうなるか分かりませんが。

映画に出てくるこれらの人物が、実はすべて悪人である一面があります。一方で、 テーマの「人間の本質は善と悪」の通り、善の部分も必ず持ち合わせています。「人間の本質は善か悪」ではないのが肝です。しかし、その善悪を引き出すのが愛だったりするのが厄介なところです。誰もが悪人側に転がってしまう、そんなあやふやさを表現したかったように感じます。