トランプ大統領を担ぐ狂信者と引くに引けなくなった悲しき作家百田尚樹

久しぶりに百田尚樹氏のツイートを見ると、落ちぶれた悲しき作家の姿に一抹の悲しさを感じてしまいました。象徴的なのが以下のツイート。

百田氏の「バイデン大統領の時代になると、やがて日本でもネットの言論弾圧が起こるでしょうね…恐ろしい時代がやってきそうです。」の発言に対し、「百田先生、私はこのツイートだけは許容しません💢先生がトランプ大統領の再選を信じなくてどうしますか❓」の返信が。

それに対し百田氏は「ごめん!」と返信。「バイデン大統領の時代になると」の仮定さえ許せないトランプ大統領の支持者は、もはや狂信者といっていいレベルでしょう。こうなると、百田氏はトランプの再選を信じ続ける姿勢をアピールするしかありません。もちろんビジネスのために。

トランプ大統領自身が、バイデン政権への移行を認めても、再選を信じ続ける日本人が多発する現象には違和感しかありません。その代表格の百田氏が、信じると言いながらもトランプ大統領への批判の布石を敷きはじめる姿は地獄そのものです。その批判は、自分に向けるべきではないでしょうか?

トランプ大統領も、連邦議会議事堂の占拠事件にまで発展してしまって、焦っているのではないでしょうか。「おいおい、そこまでするかよ」、と。

これまでの経緯を見て、三島由紀夫の自衛隊駐屯地の占拠事件を思い起こしました。扇動だけしたトランプ大統領と、自ら実行した三島由紀夫には大きな違いがありますが。そして、ミニトランプとして日本の信者を育てた一人が、百田尚樹だったことはいうまでもありません。

三島由紀夫にしても、自決まで追い込まれたのは「楯の会」の第二代学生長で、三島の熱心な信奉者だった森田必勝の存在があったという見方もあります。つまり、三島本人より三島の原理主義を貫く森田に、三島が引くに引けなくなったという捉え方です。映画『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』でも、そのような描かれ方をされています。

つまり、トランプ大統領も百田尚樹も、三島由紀夫と同じように、熱狂的な信者に追い込まれ、自分の過ち、負けを認められず、方向転換できない状況にあるのではないかと思います。だとすると、その責任を死で完結した、三島由紀夫の清さが際立ちます。それに引き替え、上げたこぶしを下ろさず、責任の清算を先延ばし続ける二人が滑稽に見えてきませんか?