子育てと洗脳は紙一重。親が絶対的な存在になってはいけない

ドラマ『死役所』の一話目を観たのが昨日の朝。その後、第8話「あしたのわたし」まで一気に観てしまいました。

一話一話でテーストが変わり、なかなか飽きさせない良い演出をしています。中でも、第8話「あしたのわたし」は子育て中のぼくにとって、特に印象に残るものでした。

死役所にやってきた女の子は、母親から日常的に虐待を受けていました。それなのに、死んでからも「ママは優しい人だよ」「生まれ変わってもママの子に生まれたい」と無邪気に話します。

「殺されてまでなぜここまで愛せるのか?」の疑問に、松岡昌宏演じるシ村は、「洗脳だよ」と一言。

ぼくもその通りだと思います。母親が絶対的な存在になっている女の子にとって、母親の言うことは絶対的に正しい。「悪い子だね」と言われれば、「ごめんなさい」と謝るしかできないのです。

100%が母親が悪いのに、自分が悪いと思わされる子どもが不憫でなりません。

良く考えると、子育てと洗脳は紙一重のところがあります。親の価値観が正しいと思いこまされ、物心つく前から何かを強制される。例えばボクシングや野球もそうかもしれません。その後大成したとしても、メンタルに何かしらの悪い影響がでるような気がします。

教育熱心といいますが、本当は虐待と近いものがあるのではないでしょうか。「子どもは親の所有物でない」。そんな当然のことを理解できない親がいる限り、子どもの悲劇はいつまでも続いてしまいます。