ジェンダーレスで女性は幸せになれるのか?差別と区別のあいまいな認識

男女の区別なく、完全な能力主義で役割を得られるようのするのが「ジェンダーレス」です。一方で、性別の違いにより適任とされていた仕事について、性別に関係なく選べるようにしようとするのが「ジェンダーフリー」です。

今問題となっている森前会長によるいわゆる女性蔑視発言は、どちらかというとジェンダーレスの観点で問題にされているのだと思います。発言は「女性は話が長い」と解釈され、「女性だから能力に問題がある」というニュアンスで拡散されているからです。

一方で、組織委員会の女性理事の割合を4割にすることを求めている団体もいて、ジェンダーフリーの要素もあることから理解が難しくなります。男性が多いことが慣習とされてきた組織委員会に、女性が少ないことが不自然だと主張しているのでしょうか。例えばこの報道。

正直、ジェンダーレスとジェンダーフリーは概念として理解しますが、強行に進める意義については懐疑的です。それが女性の幸せにつながるのかと。多くの女性が男女関係なく、社会的に影響のある仕事をしたいと考えているのでしょうか。そうだとすると、森前会長の「女性は競争意識が高い」はその通りということになります。

話はずれるかもしれませんが、お笑いの世界で活躍するのはほとんどが男です。M1で過去、女性優勝したことはありません。これについて、「女性差別だ」「決勝進出の4割を女性にすべきだ」との声があがれば違和感があるでしょう。

お笑いの世界に男女差別はなく、ただ「誰が面白いのか」の完全実力主義です。『女芸人No.1決定戦 THE W』なんてのもあるそうですが、個人的にまったく興味がなく、観たことありません。男女区別ない大会で勝てない女芸人の集まりですから。

ジェンダーレスやジェンダーフリーの観点から言えば、そんな大会が存在してはいけないのではないでしょうか?わざわざ女性が活躍できる舞台を用意しないと、お笑いでは男性に勝てないと認めていることになりますから。

ジェンダーレスやジェンダーフリー活動も、多くの女性が支持していわけでもなさそうです。例えば、上記の記事に寄せられた女性からと思われるコメント。

差別はダメですが区別は当然だと考えます。
女性は時間がかかる発言に賛同いたしませんが、外出準備などに時間がかかる認識はあります。しかしこれが蔑視なのでしょうか?
着替えや化粧、男性より多く準備するので当然なことかと思います。
この認識があるからこそ女性が遅れても気にならないのです。
これは差別ではなく区別だと思っています。

女性差別はいけないけど、区別はいいじゃないかと。今の世の中は、「女性の外出準備は長い」でさえ許されない雰囲気があります。男女の区別さえなくなってしまえば、それは女性にとって不幸なのではないのかと思います。